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札幌高等裁判所 昭和29年(う)51号 判決

控訴人 被告人 自称 国本辰夫

弁護人 杉之原舜一

検察官 泉川賢治

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

弁護人の控訴趣意(事実誤認)について

所論は被告人等が頒布したビラの内容は炭労が特定政党の特定候補者支持を決定して炭労所属組合員を拘束することは政治団体である政党とはその目的性格を異にする労働組合の在り方に反するものであるから炭労組合員は団結の力により政党支持の自由のために闘うべきである趣旨を宣伝し、労働組合の正しい在り方を訴えたもので候補者柄沢とし子を当選せしめる目的を少しも有つていないことは明である。従つてこれに反する原判決は事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決を破棄し無罪の判決を言渡すべきものである。というにある。

按ずるに、被告人等の頒布したビラ(昭和二十八年領第一号の一及三乃至五)には炭労が社会党及び労農党の候補者の支持を決定し、傘下の組合員に対しそれ以外の候補者を支持することを許さないとした態度を論難する記載があり、それのみによつては右のビラが候補者柄沢とし子の当選を目的とする選挙運動のために使用する文書と言いえないことは所論のとおりである。しかし右のビラの内容はこれにとどまらず、自由党改進党及社会党一部反動分子を非難した上、上記のとおり炭労が社会党労農党の候補者を組合員に押付けることを論難し、最後に「命をかけて闘つている共産党と一線カクすのは自由党と変りない行動だ。炭労の決定をフンサイすることこそ革命的美唄炭鉱労働者の栄誉ある任務である。全労働者、主婦のみなさん!総選挙にわれわれが勝利するため全力を上げて闘おう。売国奴に一票も入れるな。団結せよ、団決せよ、団結なく勝利なし!」と結んでいるのであつて以上の文章を通読すればその趣旨は所論の如く政党支持の自由を主張しているのではなく、今回の衆議院議員選挙には日本共産党の候補者に投票するよう呼びかけているものであることは明白である。そうして原判決の挙示する証拠によれば右のビラは、昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際しその選挙運動の期間中である同年九月十三日に北海道第四区の地域内にある美唄市内において頒布せられたものであり、そうして右北海道第四区より日本共産党公認候補として立候補した者は右柄沢とし子唯一人であつたことは公知の事実であるのみでなく、原判決挙示の証拠によつても明らかであるから、結局右のビラは候補者柄沢とし子に投票するよう右選挙区内の選挙人である炭坑労働者に呼びかけるものに外ならない。

公職選挙法第百四十二条に言う選挙運動のために使用する文書たるには、その文書が特定の選挙に際し特定の候補者の当選を得しめる作用を営みうる性質をもたねばならない。文書がかような性質を有するか否かは、勿論その記載内容によるところが多いが、しかしこれのみによるのではなく、たとえその文書には特定候補者の氏名が記載せられていなくても、上記の如くその頒布の時期場所その他諸般の状況によつて、これを見る者に、特定候補者の何人であるかが判明する場合にはその文書は選挙運動のために使用する文書であると断ずるを憚らない。

されば原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い当審における訴訟費用は被告人の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 能谷直之助 判事 水島亀松 判事 笠井寅雄)

弁護人杉之原舜一の控訴趣意

原判決は事実を誤認し、それが判決に影響を及ぼすことが明かである。本件ビラの内容は炭労が特定政党の特定候補者支持を決定し炭労所属組合員をしてその決定に拘束することは政治団体である政党とはその目的性格を異にする労働組合の在り方に反するものであるから、炭労組合員は団結の力により政党支持の自由のためにに闘うべきである趣旨を宣伝、労働組合の正しい在り方を訴えておるにすぎないものである。従つて特定政党の特定候補者例えば、日本共産党公認候補柄沢とし子を当選せしめる目的を少しも有つていないことは明かである。これに反する原判決の事実認定は日本共産党の正当な政治活動をことさらに弾圧せんとするものである。原判決を破棄し無罪の判決を言渡すべきである。

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